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『満ち足りた人生』 著・別役 実
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| 日常の言葉によって織り成される高度幻想 これが達人・別役実の実力だ。 |
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腕のいい料理人は塩と水だけでうまいものが作れる。なんて話がある。 皆さんの周りにも大して料理の腕もないのに、妙なスパイスだの珍しい調味料だの変わった食材を使いたがる「自称料理自慢」の人がいるはずだ。そういう人の料理なんてのは妙な味がするだけで、心の底から「おいしい!」とはいいかねる代物だったりする。 しかし、片や基本的な食材、基本的な調味料を用いて手間隙をかけて、心の底から「おいしい!」と言える料理を作る人もいる。 この「満ち足りた人生」は、正に後者の、基本的な食材、基本的な調味料を使って、手間隙をかけて、心から「おいしい!」と言える料理だ。 お笑い作成の最も簡単な方法として「でたらめな単語を並べる」というのがある。ようはデタラメな単語を並べて笑いを取るわけだ。この手法はちょっとマニアックな単語を入れることで効果的になる。
この文章を面白いと思う人もいるかもしれないが、これは無理やり入れたマニアックな単語「ハーレクイーンロマンス文庫」だの「中嶋誠之助」だの「額に肉」だのの組み合わせに起因するところが大きく、偶然の面白さの域を出ていない。例えて言うなら『噂の真相』が間違えて園芸の棚に入っているのを本屋で発見したときのようなおかしさであろうか。 その証拠に先の文章からマニアックな単語を抜いてみると
なんだか単にアブナイ人の手記みたいで、これはこれで面白いかもしれないが、笑いとしてのおかしさは減じている。 デタラメを作れることに自信を持ってしまうギャグ作家やギャグ漫画家もいる。 が、そんなのは百科事典から適当な単語を抜き出しているのと大して変わらない。そんなのは、食材をデタラメに並べ、妙なスパイスを使いたがる素人のようなもので、そういう人の創作レベルはかなり低いとなめてかかったほうがいいだろう。 さて、ようやく本題の『満ち足りた人生』だが、これはもうそういった素人料理人とは次元が異なる、名料理人の料理だ。 取り上げられているテーマは、日常的な行動…「読書」「喫煙」「破産」「負傷」「葬式」「売名」「不倫」「混浴」…まぁ「亡命」「結社」「叙勲」と言った非日常もあるけれど。 そして、その考察に使われている単語は やはり、日常的な言葉ばかり。そこにわずかに加わる非日常の単語と非日常の前提条件と非日常の論理。それによって見事な別役ワールドが現出する。 例えば『登山』という項を見てみよう。『登山』という周知のテーマを用い、日常的な単語…「不運」「統計的に明らか」「ねじふせる」「鼓舞する」「いそいそと」「嬉しいな」「だってあそこに」「反省」…これらを用いて、登山のありそうな一面からありえない一面までを連続して活写し、底深い笑いを引き起こす。正に達人の技だ。 文章があまりにも淡々としているためにその凄さが一見しただけではわからない方も多いかもしれないが、分かる人には分かっていただけると思う。いや、分かって欲しい。 『冒険』の項で、世界冒険家協会の認定部員が失神する様など、実にいい。『遊行』の項で父親が嬉しい悲鳴をあげる様にはしびれる。『改名』の項の、バーバラ・ストライザンドの改名例など駄洒落に過ぎないが、その駄洒落すら格調高く見えるのはどういうことだ。 別役氏の本はどれも「序」がいいのだが、以下の『満ち足りた人生』の『序』を引用させていただく。これを読んで、ちょっと「お?」と興味を引かれた方は是非入手して呼んで見ていただきたい。一見、単純な文章に見えるが、別役氏独特の空気が香って来るのだ。
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書籍データ 嘘 度:★★★★ |