Structual Biochem.
概要:宇宙醤油効果の中核を担うと考えられているSSSタンパク質は、同定されているものの部分的アミノ酸配列が判明しているだけであり、具体的な性質はまだ不明である。我々は、醤油の原料となる各種生物よりcDNAライブラリーを作成し、部分的配列より推定されたプライマーを利用したPCR産物をプローブとしてSSS遺伝子をクローニングした。SSSタンパク質は492アミノ酸からなり、内部にほぼ40アミノ酸からなる領域が5回繰り返されていたが、配列から機能を推定することはできなかった。そこでその遺伝子から充分なSSSタンパク質を精製し、抗SSSモノクローナル抗体を作成し、宇宙醤油におけるSSSタンパクの機能について調べ、そのSSS効果に対する機能領域を同定した。SSSタンパク質中に含まれる5回繰返し領域の何らかの立体構造変化が宇宙醤油効果に重要な役割を持つと考えられた。
序:宇宙醤油効果とは宇宙に持ち出された醤油が、それを摂取した様々な脊椎動物に対して、筋組織の発達、神経の発達、学習能力の向上などの影響を与える効果のことである。現在、各方面においてなぜ宇宙でなければならないのか、なぜ醤油でなければならないのかについて詳細な解析が行われている。しかし、これらのメカニズムについては不明な点が多く、今なお宇宙醤油効果を完全に再現するには醤油を宇宙に持ち出すしかないのが現状である。
宇宙醤油が動物に対して与える影響の原因については解析が進んでおり、その主たる原因をになうタンパク質(SSSタンパク質)が同定されている。このタンパク質が通常の醤油に含まれているかは不明だが、宇宙醤油から抽出されたSSSタンパク質の水溶液にに陽イオンを加えると宇宙醤油効果が70%程再現される。また、様々な醤油のフラクションに対して同様の作業を行っても宇宙醤油効果は再現できないことから、SSSタンパク質が完全な宇宙醤油効果を発揮するためには、陽イオンと何らかの共因子が必要であると推測されている。
さて、SSSタンパク質は現在までに部分的アミノ酸配列の解析からその一次配列はほぼ完成している。しかし、SSSタンパク質は400アミノ酸を超える大きなタンパク質であるため、その完全なアミノ酸配列の決定は困難を究める。我々は新規にDNAレベルからもこのタンパク質の配列に迫ってみた。
材料と方法:略
結果:SSSタンパク質の完全なアミノ酸配列を得るため、醤油の作成に関連する生物の収集を行った。代表的な大豆、小麦、麹菌の各々、多細胞たる植物は植物体全体の細胞からcDNAを作成した。大豆からは独立に8×10^7、小麦からは独立に7×10^7、麹菌からは独立に5×10^6のcDNAライブラリーを得た。図1Aに示す4種のプライマーはSSSタンパク質の内部でアミノ酸配列の判明しているなかでもコドンの縮重度が高い部分から選択した。プライマーのP1とP3というように向かい合うプライマーを用い、作成したcDNAライブラリーを鋳型としたPCRを行い、バンドが生じるか検定した。作成したcDNAライブラリーのうち、大豆のものからは4つのプライマーセットのうち3つでバンドが得られ、それは判明しているアミノ酸配列から予測されるDNA長と一致した(図1B)。
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図,1
SSS遺伝子のクローニング。A)既知のアミノ酸配列から作成した4種のプライマーの配列と、そのアミノ酸配列上の位置関係。特に縮重度が低い部分を選択した。向かい合う2種のプライマーの組み合わせ、計4種でPCR反応を行った。B)PCR反応の産物のアガロースゲル電気泳動写真。レーン2を除く3種類の組み合わせでは、予測された長さのバンドが現れており、SSS遺伝子の一部が増幅されたものと推測される。
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図,No2
クローニングにより得られた、SSS遺伝子をコードする塩基配列。番号は、開始コドンを基準とした塩基の数を示す。下部アミノ酸配列中の四角で囲った部分は、5回繰り返し領域である。
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SSSタンパク質に対する全塩基配列が決定されたため、これを利用してSSSタンパク質を大腸菌で発現させ、大量に精製した。この精製SSSタンパク質を用い、陽イオンを加えてSSS効果を再現しようと試みたがSSS効果は再現されなかった。これは水溶液中のSSSタンパク質濃度を高くしても同様であった。しかしながら、このSSSタンパク質水溶液を宇宙に持ちだし、地球帰還後に陽イオンを加えると、SSS効果が再現された。SSS効果はマウスに対する学習能力向上効果により測定した(表1)。これらのことから、SSSタンパク質は宇宙で何らかの変質をおこしており、この変質SSSタンパク質並びに陽イオンの作用がSSS効果の本質であると推測される。
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表,No1
大腸菌で発現させ、精製したSSSタンパク質を用いたSSS効果の測定。表上部に示す溶液をタンパク質量にして20μg/日マウスに与え、20日間の後の学習効果の上昇があるか否かでSSS効果が発揮されたかを確認した。学習効果はレバー餌箱学習により測定した。+:効果あり、-:効果なし。
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SSSタンパク質変質のメカニズムを明らかにするため、SSSタンパク質の抗体を作成した。宇宙空間に持ち出していないSSSタンパク質(以下nSSSタンパク質(native SSS protein))をプロテアーゼで様々に分割し(図3)、これらをSDS-PAGEで分離して各々に対する抗体を作成した。抗体のロットはmS-1からmS-7であるが、以下の実験においてはmS-2、mS-5、mS-6を用いている。(monoclonal anti SSS antibody)
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図,No3
各種mS抗体の詳細。SSSタンパク質を、箱図上下に示す線に対応するようにプロテアーゼ分解した。箱図内における、網掛け部は5回繰り返し領域の各部分を示す。タンパク質を切断した後、各々のペプチドを精製し、ラットからモノクローナル抗体を作成した。各部に対応する抗体の名称を、図中に示すようにmS-1〜7と番号付けした。
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これら3種類の抗体を用い、SSSタンパク質のウェスタンブロッティングを行った。大腸菌由来の精製SSSタンパク質、及び宇宙醤油を泳動したところ、宇宙醤油を非変性ゲルで泳動した場合mS-5抗体では認識することができなかった(図4A)。mS-5抗体はSSSタンパク質内の5回繰返し領域を認識することから、宇宙醤油におけるSSSタンパク質は5回繰返し領域に変化が生じていると推測された。また、変性ゲル(SDS-ポリアクリルアミドゲル)を用いて同様の実験を行うといずれの抗体によってもSSSタンパク質が認識された(図4B)。変性ゲルを用いた後のウェスタンブロッティングでは膜へのトランスファーの後、タンパク質では膜上で「自然な」立体構造をとると考えられており、この5回繰返し領域の変化は何らかの立体構造の変化と考えられた。
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図,No4
SSSタンパク質に対するウェスタンブロッティング。A)非変性ポリアクリルアミドゲルを用いたパターン。左:大腸菌より得、精製したSSSタンパク質を泳動し、各種抗体で認識したもの。全ての抗体においてSSSタンパク質が認識される。右:宇宙醤油を泳動し、各種抗体で認識したもの。mS-5抗体ではSSSタンパク質が認識されない。B)SDS-ポリアクリルアミドゲルを用いたパターン。左右で泳動したサンプルは、A)と同様。これらでは抗体によらずSSSタンパク質が認識される。
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さらに、SSSタンパク質、殊に5回繰返し領域が確かに宇宙醤油効果に重要な寄与を持つことを示すため、5回繰返し領域を欠くSSSタンパク質(SSSΔR)を含む醤油での宇宙醤油効果を検証した。通常醤油をmS-2抗体カラムに通し、醤油からSSSタンパク質を除去し(この除去が確かに行われたかはSSSタンパク質欠損醤油を用いたウェスタンブロットにより確認した。データは示さない)、大腸菌から発現、精製したSSSタンパク質またはSSSΔRタンパク質を加えた。対照としてSSS非発現大腸菌精製液を持つものも用意した。これにより、醤油+(全長SSSタンパク質を加えた醤油)、醤油-(SSSタンパク質を全く含まない醤油)、醤油Δ(SSSΔRを加えた醤油)の3種の醤油を作成した(図5A)。
この3種の醤油を宇宙に持ちだし、しかる後宇宙醤油効果が発揮されるかをマウスを用いて検定したところ、醤油+にのみ宇宙醤油効果が観察された(図5B)。すなわち、宇宙醤油効果が発揮されるためにはSSSタンパク質の5回繰返し領域そのもの、またはその領域と強く相互作用する分子が必須である可能性は非常に高い。我々は、SSSタンパク質と相互作用するタンパク質を抽出するため、宇宙醤油から免疫沈降によりSSSタンパク質を沈降させ、共沈澱するタンパク質の検知を試みたが、顕著な候補分子を得ることはできなかった(データは示さない)。
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図,No5
通常の醤油からSSSタンパク質を除去し、改変型SSSタンパク質を加えた場合のSSS効果の測定。A)SSSΔRの構造。図に示すとおり、5回繰り返し領域を完全に欠き、その前後をインフレームで接続した。このSSSΔRタンパク質を大腸菌で発現させ精製した。B)醤油+、醤油-、醤油Δを与えたマウスで観察されたSSSタンパク質の定量化グラフ。学習効果の測定は明暗電気箱で行い、醤油+での学習効果を100に標準化した。
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顕著な相互作用タンパク質は検出できなかったが、醤油からSSSタンパク質を除く際に宇宙醤油効果を発揮するために必要な因子が共に除かれており、そのような因子の量が減少していたために醤油Δでは宇宙醤油効果が発揮されなかった恐れがある。その可能性について調べるため、我々はSSSタンパク質を欠損した大豆の作成を試みた。相同組み替えを利用した遺伝子ターゲッティングの技法を用い、SSSタンパク質の全長を欠損する大豆、並びにSSSタンパク質の5回繰り返し領域のみを欠損する大豆を作成し、その大豆を用いて醤油を作成した。これらの名称は、図5において用いた醤油にそれぞれ対応し醤油+G、醤油-G、醤油ΔGとした(図6A、B)。ただし、SSSタンパク質の構造は、先の除去実験とは異なる。
この3種の醤油を宇宙に持ちだし、しかる後宇宙醤油効果が発揮されるかをマウスを用いて検定したところ、こちらでも同様に醤油+にのみ宇宙醤油効果が観察された(図6C)。つまり、図5Bの結果は醤油からSSSタンパク質を取り除いたことにより、宇宙醤油効果の発揮に必要である共因子が取り除かれたことが原因ではないと強く示唆される。
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図,No6
ノックアウト大豆、並びに遺伝子改変型大豆の作成とそれらから得られた醤油を用いたSSS効果の測定。A)ノックアウト大豆、並びに遺伝子改変型大豆作成用の構築物。上:ノックアウト大豆作成用の構築物。ORF中にマーカー遺伝子を挿入した線形DNA断片を用いた。下:遺伝子改変型大豆作成用の構築物。ORF中の5回繰り返し領域の一回目と五回目をそれぞれ中央で切断し、接続した。その改変型のORFの後ろにマーカー遺伝子を続けた。B)DNAの組み替えが正しく行われたかどうかのPCRによる確認。SSS遺伝子の前後のプライマーを用い増幅を行った。各組み替え体に対応するDNA長が示される。C)醤油+G、醤油-G、醤油ΔGを与えたマウスで観察されたSSSタンパク質の定量化グラフ。学習効果の測定は明暗電気箱で行い、醤油+での学習効果を100に標準化した。
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SSSタンパク質の機能同定の一助とするために、その植物体内での存在位置や細胞内局在について観察を行った。維管束細胞、茎頂成長端および根先の成長端の細胞からmRNAを精製し、ノザンブロットによりSSSタンパク質の発現を確認した。SSSタンパク質はいずれからも発現しており細胞分裂を行っている細胞では普遍的に存在すると考えられた(図7)。発現する細胞からはその機能を推定することはできなかった。
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図,No7
大豆植物体の各部におけるSSSタンパク質の発現の様子。各部の細胞を破砕し、タンパク質を回収して泳動した。mS-2抗体でSSSタンパク質を認識した。A.M.:茎頂成長端、V.B.:維管束、L.:葉、R.:根、Fl.:花。
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考察:今回、宇宙醤油効果発揮に必要なタンパク質として長く存在が確認されてきたSSSタンパク質が、初めて遺伝子レベルでの存在を明らかにした。SSSタンパク質は大豆に由来し、現在までに明らかにされている他のタンパク質とのアミノ酸一次配列上における顕著な相同性は認められない。
特殊な二次構造を予想させるアミノ酸配列も存在しないため、タンパク質レベルでの機能の推察にはさらなる困難が待ち受けるものと考えられる。殊に今回の実験においてはSSSタンパク質と相互作用する分子が全く検出できなかったことも、その困難さを物語っている。今後、様々な手法を用いてSSSタンパク質と相互作用する因子を同定することが、その機能を特定するために必須の条件であろう。
しかし、抗SSS抗体を用いた実験により、SSSタンパク質の機能領域がある程度推測できたことは、その機能の性質を同定する上で有用となるだろう。SSSタンパク質にはアミノ酸配列上、特徴的な5回繰り返し領域が存在する。各々は約40アミノ酸からなるが、この40アミノ酸の配列だけを取り出しても他の領域との顕著な相同性は認められない。ここまでたびたび述べてきたように、SSSタンパク質に他のタンパク質と共通した性質が全く認められないということは、SSS効果が大豆、ひいては醤油独特の性質に基づくものであり、他の物体ではその代用が利かないことを物語っている。
特に、その機能に重要な寄与を果たすと推測される繰り返し領域は、この部分をのぞいた醤油であるというだけで、SSS効果が発揮されなくなるというのも興味深い。実際、SSS遺伝子を用いたノザン解析より、人間にはSSSあるいはその類似タンパク質が存在しないと考えられているので(出版しないデータ)、SSSタンパク質の効果の発揮のためには、この繰り返し領域と結合する新たな因子の存在が必要ではないかと考えられる。
また、大豆そのものを宇宙に持ち出したとき、そのいわば宇宙大豆から作られた醤油が宇宙醤油効果を発揮するかも興味深い。宇宙醤油が植物体に及ぼす効果がわからない今、SSSタンパク質を元々有している大豆では、何らかの相互作用するタンパク質がどのような機能を持っているのか。また、ほ乳類において相互作用すると考えられるタンパク質とどういった関連性をもっているか、これらがわかれば、宇宙醤油効果の原理の解明は大きく進むだろう。
今後も、変質したSSSタンパク質が生体に及ぼす影響を相互作用するタンパク質の検索を第一の目標として続けていきたいと思う。
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