ゲルアカドボルスブールあるいは呪いについて
ブログの次世代を担うもの、ゲルアカドボルスブール(通称ゲルブール)。元々はベル研究所で提案されていたアイデアだ。
ネットは廉価になり、一般化し、SNSに見られるように社会性を獲得するに至った。ネット犯罪は愉快犯から、少ない労力で現実の利益を掠め取る現実的な犯罪へと変質した。ネットの社会への回帰である。
とはいえ、現時点で、ネットは匿名の通用する架空の空間であることが保障されており、社会への回帰は不十分といえる。ネットが次に獲得するのは身体性と精神性である。
書き込みはリアルな発声となり、LANケーブルを抜けば身体に痛みを感じる。そして生まれるのは人間と人間の強固な精神性のつながり。この延長線上に置いて、人類はネットのプロトコルを捨て、精神のみのつながりをネットの代用とする。
そのとき必要なのは人間の情念。髪の毛や藁人形、場合によっては不思議なビデオテープ等により、人と人が呪で繋がる。
そのとき、YahooはYahoo呪。LivedoorはLivedoor呪となり、データセンターには藁人形が設置されるようになるだろう。あるいは無数の絵馬かもしれない。