サッカー日本代表中田英寿選手の引退に続いて、スーパーでの袋詰めの技術を競う競技サッカー(アメリカではバッガー)の央田英都市(おうでん ひでとし)選手(27)=イングランド・ハムレイズ=が3日、現役引退を表明した。自身の公式ウェブサイト上で明らかにした。央田選手は「プロ袋詰め(サッカー)という旅から卒業し“新たな自分”探しの旅に出たい」と、引退理由について語った。
ウェブサイトによると、央田選手は「半年ほど前から引退を考えていた。いつまで経っても袋詰めのワールドカップが開催されないことと無関係ではないが、それだけではない」と以前から決意を固めていたと言う。
央田選手は「俺の気持ちを分かってくれている脳内の“みんな”が、サッカー(袋詰め)業界を支えてくれるはず。安心して旅立つことができる」と、小売店関係者や脳内のファンへのメッセージをつづっている。
央田選手は熊本県出身。96年、セブンイレブン入り、その後、マルエツ、イトーヨーカドー、明治屋で活躍し、99年、渡欧したが、ヨーロッパでは袋詰め作業自体が一般的でなく、ビニール袋にたくさんのものを詰める大道芸人として活躍した。
<央田選手のメッセージ>
俺(おれ)が「サッカー(袋詰め)」という旅に出てからおよそ10年の月日が経った。18歳の冬、熊本のとあるコンビニエンスストアの片隅で、ビニール袋を拾ったところから、その旅は始まった。
あの頃はビニールに何かを詰めることに夢中になり、必死で砂を詰めることだけを目指した。そしてひたすら、詰め物を楽しんだ。ビニール袋は常に傍らにあった。
この旅がこんなに長くなるとは俺自身思いも寄らなかった。熊本のコンビニでのバイトから、九州選抜、マルエツ、イトーヨーカドー、そして明治屋の一員へ。その後、自分のサッカー(袋詰め)人生の大半を占める、欧州へ渡った。
欧州は環境意識が高く、ビニール袋へ商品を詰める仕事は与えられなかったが、店の全種類のチョコレートを小さなビニール袋に詰めると子供達が笑ってくれた。ビニール袋は俺を裏切らなかった。
日本代表を名乗り、世界中のあらゆる場所であらゆる商品を詰めた。
ビニール袋はどんなときも俺の心の中心にあった。ビニール袋は本当に多くのものを授けてくれた。喜び、悲しみ、友、そして試練を与えてくれた。
平穏で楽しいことだけだったわけではない。ドリアンをビニールに詰めたときは、トゲがビニールを突き破り、パニックにもなった。だが、ビニールを2重にして事なきを得た。1枚のビニールが自分を成長させてくれた。
半年ほど前からこのプロサッカー(袋詰め)業界を引退しようと決意していた。いつまで経ってもワールドカップが開かれる気配が無いからだ。自分でトロフィーを作ってみたりもしたが、出番は無さそうだ。
何か特別な出来事があったからではない。その理由もひとつではない。今言えることは、プロサッカー(袋詰め)という旅から卒業し“新たな自分”探しの旅に出たい。そう思ったからだった。レジを打つキャッシャーなどにも興味がある。
サッカー(袋詰め)は世界で最小のスポーツ。それだけに、ファンもジャーナリストもいないが、俺の空想の中には多くのファンがいて、また多くのジャーナリストがいる。選手は多くの期待や注目を集め、そしてビニール袋に全てをこめる。時には、自分には何でも詰められると錯覚するようになり、時には、歯ブラシさえビニール袋を突き破るのではないかと不安になる。
プロになって以来、「サッカー(袋詰め)、好きですか?」と問われても「好きだよ」とは素直に言えない自分がいた。責任を負って戦うことの尊さに、大きな感動を覚えながらも時給の安さの前にかすみがちだった。
けれど、プロとして最後の袋詰めになった6月22日の不動産屋戦の後、サッカー(袋詰め)を愛して止まない自分が確かにいることが分かった。それは、ビニール袋に入らないものもあると知った瞬間でもあった。
それは、傷つけないようにと胸の奥に押し込めてきたサッカー(袋詰め)への思い。
これまでは、大きい袋を作れば何でも詰められると敢えて傲慢に振舞った。しかし、現実にはそんなに大きい袋は存在しなかったし、自分で作ってみたが、自分一人が入るのが精一杯だった。ビニール袋の中は息苦しかった。
不動産屋戦の後、最後のビニールの感触を心に刻みつつ、気持ちを落ち着かせたのだが、最後に脳内のサポーターへ挨拶をしたとき、もう一度、その気持ちが吹き上がってきた。
そして、思った。
どこの国のどんなレジにもやってきて全身全霊で応援してくれた脳内のファン--。世界各国のどのレジにいても聞こえてきた「OHDEN」の声援--。本当に妄想があったからこそ、10年やってこれたのだと思う。
ワールドカップが開かれる気配すらないということで、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。俺がこれまでサッカー(袋詰め)を通じてみんなに何を見せられたのか自信が無かった。だが、プロになってからの俺の“妄想”は重要だったと自信を持っていえる。妄想が無ければ、今頃もっと時給のいいバイトを探していたと思う。
みんなの心の中にも“妄想”があるはずで、それは生きる糧となるはずだ。
“妄想”が重要であることだけは身を持って見せることが出来たと思う。
みんなも“妄想”を大事にして欲しい。
俺の妄想では、袋詰め業界は、来年にでも世界最大のスポーツになっているはずだし、日本人のプロサッカー(袋詰め)選手もどんどん出てきていることになっている。来月あたりにはプロリーグが出来ているとも思う。
俺の気持ちを分かってくれている“みんな”が、袋詰め業界を支えてくれるはず。
だから今、俺は、安心して旅立つことができる。
とりあえず、京都にある「私のしごと館」に行ってみようと思う。
最後にこれだけは伝えたい。
これまで抱き続けてきた“妄想”は、これからも俺の人生の基盤になるだろうし、自信になると思う。
今後、プロの選手としてレジに立つことはないけれどサッカー(袋詰め)をやめることは絶対にないだろう。旅先のスーパーで、コンビニエンスストアで、誰かと言葉を交わす代わりに商品をビニール袋に詰めるだろう。子供の頃の瑞々しい気持ちを持って--。
これまで一緒にレジに立ってきたすべての店員、関わってきてくれたすべての人々、そして最後まで信じ応援し続けてきてくれた脳内のみんなに、心の底から一言を。
“ありがとう”
(ウェブサイトから原文のまま)