【虚偽論説】心をこめたキセル乗車
キセル乗車と言っても若い人には通じないかもしれない。キセルは雁首と吸い口にのみ金属を使い、その中間は木を使っている。このことから電車に乗車する際、出発駅と目的駅近くの運賃だけしか払わず、中間の運賃を払わないことをキセル乗車という▼かつてキセル乗車は駅員と乗客の真剣勝負の場であった。キセルを試みるものは群集に紛れ、自らの気配を立ち、駅員に挑んだ。駅員もまた、押し寄せる多数の乗客の中からキセルを試みる人物を見極めるべく、経験を積み、職業的勘を鍛えた。十分な経験を積んだ駅員は5メートル先からでもキセル乗車犯を見極めることが出来たという。▼しかしながら、自動改札が一般的になるに従い乗車記録が残されるようになり、キセル乗車は減った。現在も虚偽申告や自動改札の強行突破によるキセル乗車は見られるものの、減少傾向だそうである▼自動改札は鉄道会社の労力を軽減させるための処置であろう。しかし、これにより人と人とのつながりや駅員の技術向上などの機会の場を奪ったことは否めない。IT化による人間性の疎外の実例を見る思いだ。改札鋏の音を懐かしく思う読者も多いだろう▼現在は「切符をなくした」などの虚偽申告がキセルの主流だそうだ。しかも、虚偽申告の多くは乗車時の状況を説明できないなど不自然な点が多く、駅員に簡単に見抜かれるという。キセルを試みるものの覚悟のなさが見て取れる。キセルのような軽微な犯罪にも日本人の劣化を見る思いで暗澹とさせられる▼かつて高度経済成長時代は軽微な犯罪も輝いていた。真剣勝負の場を復活させキセル乗車の輝きを平成の世にわずかなりとも取り戻すことが我々の責務ではないか▼キセルを行う側も鉄道会社に敬意を払い、それなりにリスクを払い、技術を向上させた上で駅員と対峙すべきではないか。ドラグレスク(前転跳び2回宙返り半ひねり)で自動改札を飛び越えたり、駅員に対する催眠術を試みるなど新たな試みを期待したい。