「旧来よりホモは神に選ばれた人間であると言われてきました。 私の情報理論が正しければ、これが科学的に正しいことが証明されるでしょう。」
衝撃的な発言に似合わぬ穏やかな口調で語るその男は紛れもない大学教授。名門スピロヘータ大学・レイモンド・ホーキンソン教授だ。科学者らしい知性に富んだまなざし、堅苦しいネクタイにそぐわない紫色のマニキュアが妖しく光る。
「ホモが霊的に進化した人類であることは、多くのホモの証言より明らかです。21世紀に生き残れるのは、ホモだけでしょう。」
ホモだけが生き残る…それは人類全体の滅亡と同義だが、教授にとっては大した問題ではないようだ。
教授は過激な話はさらに続く。
「私は「さぶ・スペース」と言う概念を提唱しています。
人類の知性は肉体から生じるのではなく、「アドン・サムソン」という混沌とした超精神知性空間相から発生しているのです。フロイト学派に依れば全世界の男性は潜在的にホモ・セクシャルなのですが、これは「アドン・サムソン」に存在する快楽への追求意識が「さぶ・スペース」を経由し全世界の男性の意識の奥底にホモ衝動を発生させているためだと考えられます。
つまり、男性にとってホモは必然であり、「さぶ・スペース」の存在を認識した人間は超精神知性空間相を認識できる選ばれた人間であるといえるわけです。」
だが、根拠は?ホモが超精神知性空間相を認識できるという科学的根拠はあるのだろうか?そう問い返すと、教授はすかさず反論する。
「ホモは、相手がホモか否かを雰囲気で感じ取るという事実をご存知ですか?
1992年、何の訓練も受けていないホモがトーキョー・カブキチョーで100人のホモの識別に成功した事例があります。このとき、同行したヘテロセクシャルの米軍海兵隊員はわずか3人のホモしか見つけられなかったのです!この事例は「さぶ・スペース」を経由する非物質的情報伝達回路の存在を示唆する極めて興味深い事例であると言えます。
米軍はこの実験を超光速通信の実現可能性を探るために実施したと言われています。1992年にこれだけの成果が出来ているのですから、現在は実用化されているとみるのが妥当ではないでしょうか。ある信頼おける筋からの情報によれば、米軍原潜の通信士は全員ホモだということです。電磁波や音波の力をかりずにホモ同士の連帯感によって超光速通信を実現しているわけですよ。
さぶ・スペースが技術的に応用されたということは実に素晴らしいことですが、軍事的に利用されてしまっていることは残念でもあります。ですが、いずれは民生用にも応用されることでしょう。
そのうち、さぶスペースを通じてテレビが放送できるようになるかもしれませんよ。もっとも各家庭にホモが一人、テレビ塔には相当数のホモが必要で、その上、流れる映像もある種のものに限定されますが(笑)」
科学的検証に耐えうる事例に基づいた学説の構築。これが教授の真骨頂だ。だが教授の説は先進的であるがゆえ、批判が絶えない。
「批判が多いのは承知しています。ただそれらの批判のうち聞くに値する批判がどれだけあるのでしょうか?」
教授は自信たっぷりに語る。
「夢だ、妄想だ、狂気だとか…まるで子供の悪口ですね。
批判をするならば、ホモにインタビューをしてみるとか、ホモがホモを識別できるかどうかダブルブラインドテスト(二重盲検法)行ってみるとか、まずはホモに抱かれてみるとか、自分がホモの道を極めてみるとか……
出来ることはいくらでもあるはずです。ただ、批判者はそういった実際的な批判をしません。
いずれも感情的な反論ばかりです。
全ての人類は多かれ少なかれ「アドン・サムソン」に繋がっています。 そのため批判者も無意識レベルでは私の説が正しいことがわかっているようです。
ただ…認めるのが怖いのでしょう。本能的な恐怖から感情的な批判に走るようです。彼らの批判もまた私にとっては貴重な研究対象です。ありがたいと思いこそすれ、批判者に悪感情はありません。」
なんという底知れぬ度量だろうか。教授の気高い研究者としての精神には驚嘆するほかない。しかし、それに比して、既存アカデミズムのなんと閉鎖的なことか。十年一日の閉鎖的なアカデミズムには教授の革新的な説を理解することができないのか…その落胆を察知したかのように教授は明るい要素を語ってくれた。
「頭の固い批判者ばかりではありません。 私のもとには一部の政府高官や軍将校などから熱烈なラブレターがよせられています。 支持勢力は日増しに強くなっていますよ。
アカデミズムにもホモセクシャルは多いですから、いずれは…全ては歴史が解決するでしょう。」
教授の目には確信を持った者ののみが持つ、明るい光が宿っていた。教授の話はにわかに納得しがたい点もある。 だが、それをさしひいても余りあるほどに教授の学説は妖しく魅力的だ。
ホモによってのみ… モノセックスによってのみ世の中は変革しうるのではないだろうか…
そんなほのかな希望を胸にサンフランシスコ・スピロヘータ大学を後にした。
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