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鳩サブレー止血法

「どんな出血でも、3秒以内に止める自信はありますよ。」
こう豪語するのは、鳩サブレー止血法の第一人者、熊田行円氏。千葉県木更津市の静満寺のご住職だ。熊田さんは檀家を集めて行った茶会で、みんなが鳩サブレーを余りにも無惨な食べ方をするのを見て、いたたまれなくなったという。
「ある者は鳩の首ねじ切り、ある者は鳩の肛門に食らいつき、ある者は鳩の体を両断してから口に運んぶ…正に地獄絵図ですよ。ですが、誰もそれを残酷だとは思っていない…その意識のありようが残虐性をより高めていました。」
熊田さんはその地獄絵図を見て、鳩サブレー治療の道を歩む決意をしたと言う。
「当時はまだ鳩サブレー治療が認知されておらず、せいぜい割れた破片をセロハンテープでとめるのが関の山でした。ですが、そんなのはとても治療とは呼べませんよね。」
熊田さんは治療を開始するにあたって、常に人と鳩サブレーを置き換えて考えたという。
「自分が巨大な鳩サブレーに腕をねじ切られたらどうしよう?とね。ちぎれた腕をつなぎ合わせますか?そんなことはないでしょう、まずは止血です。その後に他の治療に移行する。止血が基本だと考えたわけです。」
鳩サブレーの血を流れているのを見たことがありませんがと質問すると、
「正直、私も鳩サブレーの血を見たことがありません。ですが、私の止血法がそれだけ優れているからだととらえていただきたい。
元来、鳥に流れている血液量は大変少なく、わずか数滴の出血でも命取りになるといいます。鶏で20ccと言われていますから、鳩サブレーに流れている血液はごくわずかでしょう。おそらくはほんのわずかでも血液が流れ出したら鳩サブレーにとって命取りなのです。従って人間の場合とは比較にならないほどの迅速かつ確実な止血が必要になるわけです。」
熊田さんのご厚意で、鳩サブレー止血法を見せていただくことになった。私の目の前に黄色い平缶がおかれる。見慣れた鳩サブレーの箱だ。熊田さんの勧めるままに鳩サブレーの缶に手を伸ばすと、突如熊田さんが私の手を打ち据えた。痛みをこらえて熊田さんに詰め寄ると、熊田さんは動じることなく、こう答えた
「驚かれましたか。先ほど申し上げたように、わずかな出血でも命取りになる鳩サブレーにとっては、「割られないこと」が何よりも重要なのです。これが「事前流血阻止法」です。ですが、そうも言っていられない場合もあります。では、今度は鳩サブレーを割ってみてください。」
鳩サブレーを手に取り、力を込めて真ん中あたりで割った。割れたと思った瞬間、横から青い直線上の炎が吹きだし、一瞬で私の手元の鳩サブレーを炭化させてしまった。炎の出てきた先を見ると、ご本尊の目から火がチロチロと燃えて出ていた。ロシア軍から払い下げてもらった指向性の強い特殊な火炎放射器をご本尊の中に仕込んだのだという。

「これが火炎炭化療法です。私の経験によれば炭化した鳩サブレーから出血が確認された事例はありません。同種の止血法として熱濃硫酸で炭化させる方法もあります。」
最後に、究極の止血法を見せていただくことになった。熊田さんはさきほどとは異なる鳩サブレー缶を持ち出してきた。

「では、これを割ってみて下さい」
だが、その鳩サブレーは途方もなく硬く、どんなに力を入れようとも割れなかった。
熊田さんはさもおかしそうに言う
「割れないのも無理はありません。特別に開発した硬化樹脂を浸透させてありますからね。拳銃の弾程度なら跳ね返しますよ。これなら鳩サブレーが出血する心配は全くないわけです。現段階で最高の出血防止法ですよ。」
これなら確かに出血の心配はないが、硬すぎて歯が立たない。食べられないのでは鳩サブレーの意味がないのではないはないかと熊田さんに問いただした。
「みなさん、同じことをおっしゃいます。ですが鳩サブレーが食べるものでなければならないなどと、どこの誰が決めたのでしょうか?食べれない鳩サブレーがあっても良いではないですか。耐熱性、耐磨耗性に注目したNASAがこの特殊鳩サブレーを、スペースシャトルのタイルに使わせてくれないかとオファーしてきています。21世紀の鳩サブレーは変わりますよ。そしてその鳩サブレーが血を流すことはないのです。そんな未来はすぐそこまで来ています。」
インタビューを終え引き上げる私に「来世紀の鳩サブレーは食べることができないかもしれませんから、今のうちに食べておいて下さい。」と真顔で私に鳩サブレーを手渡した。熊田さんの目には鳩サブレーのとてつもない未来が移っているようだった。

私はいままで鳩サブレーが血を流しているのを見たことがなかった。だが、その影には熊田さんのような、鳩サブレー治療師達の血のにじむような努力があったのだ。先人達の努力を思いながら熊田さんからもらった鳩サブレーをかじってみた。そこにはほんの少しだけ血がにじんでいるように見えた。

【了】



嘘競演参加作品・お題「民間療法」
1999年11月開催

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