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un grand Roi d'effrayeur! |
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新生嘘競演会議室へようこそ。 さてさて、ここにお集まりの皆様は四六時中嘘をつく嘘をつかねば生きていけぬ、嘘に全てをかけた嘘のトップアスリート。 今更、私如きの就任の挨拶などはいるまい。 早速、お題発表! 今回のお題は握りを見せた上での大直球。ど真ん中へのストレート。 そう、お題は…「恐怖の大王」 さて、これを見て「なんだ簡単じゃないか」と思ったアンタ。 ここ20年「恐怖の大王」ほど笑いのネタにされてきた題材はない。 人間、怖いものほど笑いの種にしたくなるものだ。オウムネタの氾濫が良い例だろう。いまじゃその威光が薄れたが、かつて「恐怖の大王」は本当に怖かったのだ。そんなネタは誰もが手をつける。しかもひねらずに使ってしまう。さぁ胸に手を当てて考えて見よう、貴方は「恐怖の大王」ネタで笑ったことがあるだろうか?(あるんだったら貴方はよほどいい人かゲラなんだろう) 「駄洒落」「意外性」「解釈パロディ」「卑小化」…恐怖の大王については既にありとあらゆる手法がつくされている。そして状況は本日以降より厳しくなる。これから1999年7月に向け、出版社は最後のかきいれ時とばかりにノストラダムス関連の本を再版し、雑誌は特集を組み、バラエティー番組はこぞってネタにしようと先を競う。この二ヶ月に一体どれだけのノストラダムスネタが消費されるか見当もつかない。厳しい。状況は大変厳しいが、だからといって、この愚かしくも愚かしい20世紀トドメの祭りに我等嘘ツキャーが参加しないなどという馬鹿な話があるだろうか? さあさ、嘘ツキャーの皆様。 裏番殿は力と技と笑いの限りを尽くした嘘が所望じゃ。 お題 「恐怖の大王」 レス禁止 開催期間1999年7月17(土)0:00〜1999年7月26日(月)0:00 於:FCOMEDYS/mes/15 ご覧の通り準備期間が異様に長い。 虚実境界線の出現をイライラしながら待っていただこう。 嘘ツキャー諸氏の健闘を祈る。 |
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今回は私の傾向と対策のおまけつき。 そんなおまけなんていらない!という声も聞こえてくるが おまけなんてそんなもんだ。 |
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さてさて開幕までまだ間があるので、 いやいや、ホンの気持ちなんでお気軽に受け取ってくれ給え。別に参加者をいじめようなどという不埒な考えは持っておらぬ故、安心してくれ給え。 私如きが宴の前に、嘘を語るのは無粋の極み。それは重々わかっている。 さて、「恐怖の大王」で最も多いのは駄洒落ネタだ。 「恐怖のつけ麺大王」や「今日、豆腐の大王」などという駄洒落を我々は一体何回聞いてきたのだろうか。そして死ぬまでに何回聞かなければならないのだろうか。それを考えるとき私はほとんど絶望する。 朝鮮戦争、ベトナム戦争、近年のコソボ空爆、熟女バトル…人類の歴史は戦争の繰り返しだ。この悲劇は繰り返されるが故に、人類の愚行と言える。そしてまた、恐怖の大王駄洒落の繰り返しもそれに匹敵する愚行と言えよう。 しかし、駄洒落こそは人間の本能の根幹であり、F※の魂でもある。 さて、参考までに駄洒落ネタの一例を挙げておこう。 恐怖の大黄 屏風の大黄 調布の大黄 京風の大黄 丈夫な大黄 今日、麩の大黄 恐怖の代用 屏風の代用 調布の代用 京風の代用 丈夫な代用 今日、麩の代用 恐怖の太陽 屏風の太陽 調布の太陽 京風の太陽 丈夫な太陽 今日、麩の太陽 恐怖の海洋 屏風の海洋 調布の海洋 京風の海洋 丈夫な海洋 今日、麩の海洋 恐怖の大翁 屏風の大翁 調布の大翁 京風の大翁 丈夫な大翁 今日、麩の大翁 恐怖の舞様 屏風の舞様 調布の舞様 京風の舞様 丈夫な舞様 今日、麩の舞様 恐怖の採用 屏風の採用 調布の採用 京風の採用 丈夫な採用 今日、麩の採用 恐怖の潰瘍 屏風の潰瘍 調布の潰瘍 京風の潰瘍 丈夫な潰瘍 今日、麩の潰瘍 恐怖の太陽 屏風の太陽 調布の太陽 京風の太陽 丈夫な太陽 今日、麩の太陽 恐怖の大洋 屏風の大洋 調布の大洋 京風の大洋 丈夫な大洋 今日、麩の大洋 恐怖の内容 屏風の内容 調布の内容 京風の内容 丈夫な内容 今日、麩の内容 恐怖の培養 屏風の培養 調布の培養 京風の培養 丈夫な培養 今日、麩の培養 恐怖の鯛用 屏風の鯛用 調布の鯛用 京風の鯛用 丈夫な鯛用 今日、麩の鯛用 恐怖の耐用 屏風の耐用 調布の耐用 京風の耐用 丈夫な耐用 今日、麩の耐用 恐怖の態様 屏風の態様 調布の態様 京風の態様 丈夫な態様 今日、麩の態様 恐怖の大要 屏風の大要 調布の大要 京風の大要 丈夫な大要 今日、麩の大要 恐怖の大砲 屏風の大砲 調布の大砲 京風の大砲 丈夫な大砲 今日、麩の大砲 恐怖の大鵬 屏風の大鵬 調布の大鵬 京風の大鵬 丈夫な大鵬 今日、麩の大鵬 恐怖の対応 屏風の対応 調布の対応 京風の対応 丈夫な対応 今日、麩の対応 恐怖の滞欧 屏風の滞欧 調布の滞欧 京風の滞欧 丈夫な滞欧 今日、麩の滞欧 以上、NGワードでもなんでもないので心おきなく使ってくれ給え。 |
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さて、世間的に盛り上がりが今一つな「恐怖の大王」だが、 駄洒落ネタと双璧をなすのが「恐怖の大王は○○だった」という意外性のオチである。 通常の解釈であれば…「核ミサイル」「隕石」「宇宙人の襲来」「酸性雨」つまりは恐怖の対象だ。これを意外なものに置き換え笑いを誘う基本的な手法だ。 これは形式こそシンプルでわかりやすいが、センスが問われる難しい形式である。 一番まずいのが「あっしが恐怖の大王だす〜♪(^o^)/」という小学生並な発言。だが、これから来月にかけてネットのあちこちで何度も見ることになるだろう。 今のうちから、カウンターを用意しておくことをオススメする。 さて、私が見た中で最も多かったのは「恐怖の大王は阪神である」というものだ。何故か阪神が異常に多い。「恐怖の大王は常総学院(茨城)である」と断じた人はまだいないようだ。 また、コンピューター関連は「恐怖の大王はマイクロソフトである」「恐怖の大王はビル・ゲイツである」がダントツに多い。というよりはこれ以外にはない。コンピューター業界にオリジナリティーあるジョークを求めるのは薬局に行ってブルドーザーを求めるくらい無謀なのことなのだ。 さて、もう一度、回りを見渡してみよう、まだ降らせるべきものはあるはずだ。 「吉田拓郎」はどうだろうか? どれもイマイチだ。 いっそのこと「今、貴方が右手に握っているそのマウスこそが恐怖の大王なのだ」と言いきってしまった方が面白いが、これもなにか物足りない。 こう言うときは実際のノストラダムス本をあたってみよう。 古今のノストラダムス本にいちいち目を通し、いちいちツッコミを入れた労作『トンデモ・ノストラダムス本の世界』(洋泉社/山本 弘)によると、歴史言語学者(自称)加治木義博氏はこんな説を唱えているそうだ。 「恐怖の大王の正体はデクエヤル事務総長である」 …意外性を求めるならば、これを上回ろう。 |
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わたたた。今日は解釈パロディーについて。 「ノストラダムス予言解釈なんて、既に起こった事件を詩にこじつけただけだ!」てなわけで、ノストラダムスの予言詩から西武の松坂、ルーズソックス、哭きの竜、ときめきメモリアル…ありとあらゆるものを読みとるという試み。「ノストラダまス新予言解釈」(頭脳組合/編)が元で、近頃では「すごいぜ!ノストラダムス」なんてパクリ本まで出ている。 「今月はいよいよあの1999年7月!ノストラダムスで特集を組むか!」と思ったものの、1999年7月を信じて派手に散財する有名人もいなければ、大量殺人に走るカルト集団もなく、あまつさえ世界大戦すらおこりそうもないこの退屈な状勢を前にして、特に持ちネタもないライターがページ埋めに取り上げることが多いので御存知の方も多いだろう。 確かにあの荘厳に見えたノストラダムスの予言詩がこんなくだらないことを予言していたなんて!という笑いはあるにはあるが、ヒット率が低く、一つ読めばどれも一緒で、予言詩に対するパズルに陥りやすく、作っている人が楽しい程には読む人が面白くない。 これを証明するには「ノストラダまス新予言解釈」が「ソフィーの世界」と同じくらい通読率が低いという点をあげておけば十分だろう。 そもそも、ほとんどの人は予言のおぼろげな恐怖に脅かされているにすぎず、ノストラダムス予言詩の解釈の現場に立ち会ったことなどない。「解釈のパロディー」など最初から通じないのだ。 また、この手のパロディーの作り手は落差を求めてマイナーなネタを解釈のこじつけ対象に選んでしまう場合が多い。タダでさえ通じない解釈パロディーにマイナーなネタを選んだ日にはわかってくれる人を鐘や太鼓で捜さなくてはならない。この手の解釈パロディーは人を笑わせないジョークとしての完成度が高いのだ。 さて、貴方は笑える解釈パロディーを作ることができるだろうか? |
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さて、最後に最近の傾向を紹介しよう、最近のトレンドは「卑小化」である。 「恐怖の大王」にまつわるジョークの多くはその怖さを無効化しようとする方向性を持つが、その延長線上に現れてきたのが恐怖の大王を日常レベルまで引き落とそうとするこの「卑小化」である。 「恐怖の大王が酒に溺れて自動販売機を蹴って留置所に入れられた。」「恐怖の大王が仕事上のストレスからJR横須賀線で悪質な痴漢行為を繰り返し逮捕された。」「恐怖の大王が腹いせに各家庭のコンセントを抜きに来る」等である。 近頃のプロの漫画家のノストラダムスネタの7割くらいがこれである。手法としては目新しくないが秀逸なものも散見される。 あの恐ろしく厳めしい恐怖の大王が日常の些末にとらわれている姿は確かに面白い。 だがちょっと待ってくれ! 「恐怖の大王」の予言はもうまもなく外れてしまう。 予言が外れた以上、日本はしばらく終末予言の恐怖を味わえないだろう。ノストラダムス世代の言説が実効力を持たなくなる15年後くらいにはまた予言が流行るかもしれないが、その時、免疫のできた我々は冷ややかな目で騒動を見つめるだけで、終末予言の恐怖を共感できないだろう。ということは我々が共感した終末予言をネタにできるのはこの7月が最後だ。 だとすれば、安易な「卑小化」でお茶を濁すことは、「恐怖の大王」に対して無礼であるばかりでなく、我々自身の機会喪失でもある。 聞けば、この1999年7月、ノストラダムス本も随分出版されたそうだが、全然売れていないそうだ。せめて我々が「恐怖の大王」を盛大にまつってやろうではないか。 |
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